いやぁ、正直驚いたね。俺だってウン十年ってこの骨董屋をやっているけど、あの椅子を欲しがる客は初めてだったんだ。いわくつきの商品なんてこたぁ無いと思うんだけどなぁ。だってそうだろ、そんな椅子だったら、真っ先に俺が呪われているって。それに正直、そんなに珍しいものじゃないんだ。
え?アレの出所?ははは、痛いところついてくるね、おたくも。
――これが仕事なものですから。それで、どうなんですか。
しょうがないなぁ……此処だけの話にしてくれよ。アレ、うちの初代の使っていた椅子らしいんだよ。そう、そう、三代前のね。
――それが、どうかしたんですか?
ああ、言ってなかったっけか。まぁ一般人は知らなくて当然なんだけどよ。骨董屋のしきたり、というのかなぁ……ルールみたいなのがあってね、自分の使っていたものは売っちゃあいけないんだよ。自分の思いがこもったものは売るべきじゃないっていう一種の哲学が、この業界にはあるのさ。
――……。
ははは。腑に落ちないって顔しているねぇ、若者よ。しょうがない、もうちと詳しく教えてやろうじゃないか。まぁそう遠慮するなって。
今はそうでもないけどよ、骨董屋にモノを売るような奴は、大概色々あったんだよ。遺産を貰えなかった愛人だとか、投資に失敗した地主だとか……大抵『ギリギリ』で売りにきてるんだ。考えてもみろ、栄華からの失楽、没落……。いつ思い出しても、あいつらの顔は鬼気迫るものがあるもんだよ。ほら、なんだっけ、あの外国のお化け一家。
――アダムスファミリー?
そうそうそれ!今思えば、そんな感じの顔してたなぁ。
おっと、話がずれちまった。まぁ『骨董屋』ってのはよ、そういう売り手と買い手を繋ぐ商売なのさ。売り手の思い、ほとんど『怨念』みたいなもんだけどよ――を骨董屋に置くことで浄化させる、みたいな考えなのさ。
だから、自分の使ったものは自分の店に置いちゃいけないんだ。自分の思いは、浄化させられないからな……染み付いちゃっている匂いは、抜けねぇよ……。
――なるほど、良い勉強になりました。それで、どうして三代前はご自分の椅子を売ったのでしょうか?
いや……その……、そこのところ、俺も詳しいことは知らないんだよな。親父からちょろっと聞いたくらいでよ。本当に大したことないぜ。
――どんなことでもいいですから。頼みますよ。
はぁー、おたくもしつこいね。分かったよ、話す話す。
初代は、どうやら養子に出された子どもだったみたいなんだな。家が随分貧乏だったらしくてね、二,三歳で今岡家に来たっていう話だ。そのときに、実母が初代に持たせたのがこの椅子だったらしい。
――それだったら、余計に売りに出すのは不思議ですね。
そうだな、俺にも初代の真意はわからない。
でもきっと、初代も複雑な心境だったんじゃないかなぁ。あの当時の養子なんて、ほとんど人身売買みたいに金でどうこうするもんだろ?親に売られた、みたいな意識はあったと思うんだよ。でも、かといって、実の親を憎んだり恨んだりもできない――ほとんど記憶にも無いだろうしな。
だから椅子も、手元に置いときたいような、見たくもないような、そんなモノだったんじゃないかな。あくまで、これは俺の想像だけどよ。
――なるほど。しかし、あなたの代まで、三代目になってもなお、その椅子を売っていたのはどうしてなんですか?
初代の遺言ってヤツさ。ありがちだけどな。
最初は普通の文面なんだけどよ、 最後の方に『店を継ぐ長男はあの椅子を売り場に出し続けるように』それと『それを代々続けろ』っていう内容のことが書いてあったらしいんだ。結構な重さもあったし、動かさなくていいならそうしようってことになったらしいぜ。
え?ああ……そうだよ。親父の遺言にも同じことが書かれていたさ。
――そうですか。少し道はそれますが、あの椅子を買っていった男についてお聞かせ願えますか?
ああ、あの男は良く覚えているぜ。同年代の中だったら俺だって結構な身長がある方だけれど、あの男もそれくらいあったんだよ。だから印象に残っているのかな。
服は夏だっていうのにキッチリとスーツを着ていたから、自営業じゃあないだろうな。
他?他ねぇ……悪いけどそこまで細かくは覚えていないなぁ。俺も歳だから、脳の方がもう、な。
――それでは最後の質問ですが、今までのことについて、知っている方はあなた以外にいますか?
いや、いないぜ。悲しいかな、俺には妻も子供もいねぇしな。
――ありがとうございます。それでは、ここからは僕がある物語をお聞かせしましょう……。
――昔、昔。夫を早くに亡くし、幼い息子と二人っきりになってしまった未亡人がいました。
彼女の努力も虚しくすぐに家計は火の車となってしまい、泣く泣く彼女は息子を養子に出しました。貧しい自分のもとにおくよりも、その方が息子の幸せになるだろうと。たった一つ、夫の大切にしていた『椅子』を息子に持たせて。
――時は流れ、未亡人は夫人となっていました。
彼女が結婚をしたのは、末端ではあるものの細川財閥の一門の男で、やがて彼女の手にも少なからず財産が入るようになります。
考えられないような贅沢、煌びやかな生活――それでも彼女は、息子のことを忘れたことは一時もありませんでした。
彼女は死ぬまでずっと、息子のことは誰にも――夫にも、その夫との間にできた娘にも――言いませんでした。たったの一言も。
そう『死ぬまで』。
――彼女の遺言を見て焦ったのは、細川家の人間です。
何しろ『遺産の半分は椅子を持つ人間に与える』とあったのですから。息子、とは書かずにね――。
持ち主を限定するため彼女は製造番号まで遺言に書いてありました。ほら、さっきあなたも言っていたでしょう。珍しいものじゃないって。彼女もそれをわかっていたのでしょう。
そして更に、彼女は伏線を張っていました。
『遺産を継ぐものは、もしその椅子の持ち主が現れたらその人に半分遺産を渡すこと』と、そして『それを代々続けろ』とね。
いやあ、大変でしたよ。椅子の持ち主を探すのは。でも、ようやく見つかった。とる、骨董屋でね。
え?遺産がどうなるかって?別にどうってことはありませんよ。今現在の椅子の持ち主は僕の兄、細川 圭吾ですから。あなたには、関係の無い話ですよ。
――どうです、こんな物語は。いや、人生の最期に聞くには、いささか退屈な話だったかもしれませんがね。ふふ、以外と面白かったでしょう。
最近はDNA鑑定なんていう恐ろしい話がありますからねぇ。用心に越したことは無い。
そう。あの椅子は、大切に使わせていただきますよ。
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