暁 【あかつき】

最初にその言葉を聞いたのがどこだったか、それはよく覚えていないんだ。
テレビが言っていた気もするし、ママの聞かせてくれた昔話だったような気もする。
とにかく、どんなシーンだったのかは僕も想像するしかないんだけれども、その『あかつき』って言葉は聞いた瞬間から僕の頭の中でどんどん大きくなっていったんだ。
あかつき。
あか・つき。
あ・か・つ・き。
なんて甘い響きなんだろうか。その四文字に、一体何が隠されているんだろう?
貧弱かもしれないけれど、持ち合わせるイマジネーションを総動員して僕は『あかつき』に思いを巡らせた。
あかつき。
どこにいるの?
僕のあかつき、君は一体、どこに?
ねぇ、あかつき。

どのくらい思ったんだろう――。
窓から覗く空はもう朱色に染まっていて、六時に鳴る夕焼け小焼けの鐘が響きだす。
『その時』だった。
本当に、その一瞬。
瞬間。
あかつきはやってきた。
まるで昔からの約束事のように、必然と。
まるで炭酸の泡のように、静かに。
僕の中へと、やってきたんだ。

それは赤い、真っ赤な満月だった。
何もかも赤く染め上げる、真っ赤な――
完璧な球形の――
お月様。

「君が、あかつきなんだね?」
僕は嬉しさで声が震えていたような気がする。
心なしか、身体が熱い。
何年も会っていない恋人との再会みたいに、柔らかな幸せと興奮に包まれていた。
ねえ、あかつき。

あれ。
いや。
でも。
なのに。
どうして。
待って!
あかつきは信じられないスピードで大きく膨らんでいく。
風船みたいにどんどんどんどん、直径が増していく。
駄目、それはいけない、あかつき、それは、いけない!
僕の思いは、届いていないみたいだった。
あかつきは一向に膨張を止めようとしないどころか、いよいよ限界に近づいているように見える。
緊張感漂うあかつきの表面。

バン!


あれ、此処はどこ?
右手は、強く握りしめていた。
左手には、いつものように黄色い熊のぬいぐるみが、僕の汗に濡れながら寝ている。
天井に張られているのは、大好きなアバレンジャー。
ああ、なんだ。僕の部屋じゃないか。
何か、今、とても大切なことがあったような気がするんだけど。

時計の短い方の針は4を指していた。
なんでこんなに早くに起きちゃったんだろう。
そっとカーテンに手を掛け、外を覗く。
街は不思議なくらい静かで、モノクロだった。
そして微かな光が白く淡く照らしていた。

僕が本当の『暁』を知るのはこれから随分とあとのお話。
でも、この幻想的な景色に、彼はただただ心奪われていた。
あかつきのことなど、すっかり忘れて。


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